国会議員に読ませたい敗戦秘話

広島原爆投下を眼下に見た紫電改操縦士がいた!「これは戦争じゃない。虐殺だ…」

 正体は原子爆弾だった。

 米軍B29爆撃機「エノラゲイ」は高度9600メートルからウラン型原爆「リトルボーイ」を投下、急旋回して逃げ去った。

 午前8時15分、リトルボーイは地上600メートルで炸裂した。閃光、熱線に続き、超音速の爆風が発生した。

 本田が見たのは、この爆風で廃虚と化した広島の街だった。この後、大火災が発生し、この世の地獄と化した。

 本田が、広島に米軍の新型爆弾が投下されたことを知ったのは2日後の8月8日だった。翌9日、大村基地から大村湾を隔てて15キロ南西の長崎市で再び悲劇が起きた。

 9日午前11時2分、B29「ボックスカー」はプルトニウム型原爆「ファットマン」を長崎市に投下した。第1目標は小倉(現北九州市)だったが、視界不良のため長崎市に変更したのだ。

 広島と同様、空襲警報は発令されず、大村基地にも「敵機接近」との情報はもたらされなかった。

 本田は食堂で早めの昼食を食べていた。突如、食堂の天幕が激しく揺れ、基地内は大騒ぎとなった。

 まもなく上官が本田らにこう命じた。

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