【産経抄】「ちっぽけな象がやって来た!」…昭和24年9月、日本が沸いた 5月30日 - 産経ニュース

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「ちっぽけな象がやって来た!」…昭和24年9月、日本が沸いた 5月30日

 昭和24年9月、タイから贈られたメスの象は、まだ2歳半の赤ん坊だった。詩人の三好達治が書いている。「日本東京秋の風 ちっぽけな象がやって来た」。

 ▼東京・汐留駅から上野動物園まで運ばれる途中、沿道は旗を振る子供たちで埋まった、と当時の新聞は報じている。戦時中、空襲に備えて処分された象「花子」にちなんで、「はな子」と名付けられた。かなりのやんちゃ娘だった。動物園から脱走して、関係者を慌てさせたこともある。

 ▼3週間遅れて、インドから来日した15歳のメスの象「インディラ」とともに、たちまち動物園の人気者となった。作曲家、團伊玖磨は、動物園に近い現在の東京芸大出身である。詩人のまど・みちおの童謡「ぞうさん」に曲を付けたとき、2頭の姿を思い浮かべていたらしい。

 ▼そんなはな子が、ある時から「殺人象」の烙印(らくいん)を押されてしまう。井の頭自然文化園に移ってから、園内に忍び込んだ酔っ払い、そして飼育員を死なせる事故を起こしたのだ。重い鎖につながれ、来園客から石を投げられた。人間不信に陥ったはな子の心を、飼育員たちは、粘り強く解きほぐしてゆく。

 ▼親子2代にわたって、はな子の世話をしてきた山川宏治さんによると、飼育仲間と歓談していると、首を突っ込んでくるほどになった。「何を話しているの」と甘えているかのようだ。山川さんは、檻(おり)のなかで子供たちがはな子におやつを与え、からだに触れて遊ぶ「ふれ合いタイム」を実現している。

 ▼先週、はな子は69歳の大往生を遂げた。かつての「ちっぽけな象」は、体重2・1トンにまでなり、巨体を支えきれなくなっていた。園には、冥福を祈る人の姿が絶えないという。またひとつ、戦後史の幕が下りた。