浪速風

サミット成功は世界遺産の和食で

小説家の山崎豊子さんもが愛用した志摩観光ホテルのレストラン「ラ・メール ザ クラシック」=三重県志摩市(寺口純平撮影)
小説家の山崎豊子さんもが愛用した志摩観光ホテルのレストラン「ラ・メール ザ クラシック」=三重県志摩市(寺口純平撮影)

昭和54(1979)年6月、初めての日本開催となった東京サミットで、午餐(ごさん)会の食事を担当したのは料亭「吉兆」の湯木貞一さんだった。「ほうぼうからおいでになるお客さまのどなたにもよろこんでいただける日本料理、そのへんがとてもむつかしくなってきます」。献立づくりに苦心した。

▶焼き物は季節の鮎にしたが、頭と苦味がご馳走(ちそう)の内臓は取って出した。石焼きの牛肉は各国首脳の年齢を考え、あまり厚くせず一人前三切れに。八幡巻きは鰻で巻いたごぼうが木の根にでも見えたのか、残した人がいたそうだ。料理はもちろん、盛りつける器や部屋の飾りつけにも心をくだいた。

▶湯木さんは「世界の名物日本料理」がモットーだった。大役を終えて、悲願の一端が果たされたような思いがしたという。伊勢志摩サミットの舞台は食材の宝庫である。湯木さんの遺志を継いだ料理人が腕を振るって、世界無形文化遺産の和食がサミット成功に一役買うに違いない。