僕は英会話が出来ない。
ま、それで大変困ったことも起きなかったのでそのままオッサンになった。
思い返すと一度だけ、来日されてた憧れのスター、ボブ・ディランさんに楽屋通路のとこでお会いした時、僕が唯一交わした挨拶(あいさつ)は「ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ」。しかも棒読みだったのでそれすら伝わったかどうか怪しい。
中学・高校と男子校で英語の授業中、先生に本読みを当てられても正しい発音なんて口が裂けてもしなかった。
例えばAN APPLEを「アンナッポー」なんて読んだ日にゃ「おまえ、何いちびっとんねん!」と、不良連中から罵声を浴びせられることは覚悟しなければならない。ちなみにいちびるとは調子に乗ること、またはカッコつけることと理解して頂きたい。
それだけで済めばいいが、その日からアダ名がアンナッポー、なんてことにもなりかねない。実際、そう呼ばれていた友達も知っているし。
だからここは関西訛(なま)りも加味して「あっぷる」。笑いを取った方が少しでも楽しく学園生活を送ることが出来るという智恵。
でも、家に帰ると洋楽を好んで聴いているという矛盾。英語イコールいちびるの呪縛さえなければひょっとしてあの時、僕はボブ・ディランさんにアメリカンジョークの一つでも振り、気に入ってもらえたかも。それだけが心残り。
突然、話変わるけど、日本で市販してる紙袋は出来がいい。手提げ紐(ひも)も丈夫で相当重いものを入れても切れることはないし、紙袋の表面にビニールがかかっているので雨の日も安心。そんな紙袋が大量にぶら下がっていた文具屋の店先。ある日、何気に見てると基本デザインはチェック柄だが、そこに様々な英字が印刷されていることに気付いた。
手始めに『LOOK UPON』。一体、何を見ろと紙袋は言っているのだろうか? その次、『WHISPER』。何を囁(ささや)く? ひょっとして紙袋の妖精が中に入っていてヒソヒソ囁いてくるとでもいうのか?うーん…。『PULL TOGETHER』。みんなで引っ張ったら流石の日本製も破けてしまうだろうが。次!『KING OF KINGS』。そんな王の中の王がよりにもよって紙袋は持たんだろ。『HUMAN DIALOGUE』。もうサッパリ分からん! 僕は以来、これら英字入り紙袋をバッグ・オブ・エイジと呼んで意味無く収集することにしたわけだ。(作家、イラストレーター・みうらじゅん)=月1回掲載します