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つんく♂(47)=音楽プロデューサー=声を失ったからこそ 「もっとロックな人生を…」

声帯摘出で「もっともっと生きたい」 

 声帯を摘出した決断に後悔はありません。それで残りの人生が40年保証されるわけではないけれど、「生きる」という目標はしっかり持てました。そうじゃないと、あのとき一緒に闘って、頑張ってくれた妻にも、応援してくれた友人やスタッフにも、僕という存在にも、不義理になるように思うから。

 〈平成26年2月、声のかすれと喉の腫れのために受診し、検査の結果、喉頭がんと診断され、同年10月に声帯摘出手術を受けた。取材は、つんく♂さんがパソコンに打ち込んだ文字が記者の目の前のタブレット端末に表示される形で進められた〉

 「まさか俺が」って思いました。以前に診察を受けた先生から、「喉にできものはあるけれど、がんの可能性は99%ない」と言われていたんです。だからがんと診断されたときには、「え、マジで」「まさか」「なんで」と、ほんまに頭が真っ白になりました。

 〈最初の診断では、早期がんといわれるステージIIだった。放射線治療を受け、がんは消え去ったと思われたが、喉の違和感と不調は続いていた〉

 10月は「モーニング娘。」の米ニューヨーク公演が予定されていました。その少し前から所属事務所の態勢や作品の作り方も変わって、僕がプロデューサーを外れる話も出ていた。病気も重なって「ニューヨークでピリオドを打つのが美学かな」と思っていました。

 ニューヨークに着いた夜、医師から電話で「やはりがんでした。放射線でたたき切れなかったがんがさらに大きくなったと思われます」と告げられたんです。家族に申し訳ないし、「なんで俺なんやろう」と悔しかった。

 いつも公演後は、「モーニング娘。」のメンバーにダメ出ししかしないんです。でもこのときはかすかすの声で初めて心のままに「ほんまよくやったな」と伝えたように思います。

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