皇室ウイークリー

(番外編)葉山や那須だけではなかった 戦前に数多くあった皇室の御用邸は今…

 昭和初期に、多くの御用邸が廃止されたのも、こうした厳しい経済情勢からだったようだ。

大正天皇崩御の地

 御用邸の本邸に付随する付属邸は現在、那須御用邸にしかなく、本邸は天皇、皇后両陛下が、付属邸は皇太子ご一家が使用される。ただ、昔は葉山御用邸にも付属邸があった。

 葉山御用邸付属邸はもともと、澄宮(すみのみや)(三笠宮)邸として完工。大正天皇が晩年を過ごした施設として知られ、大正天皇が崩御し、昭和天皇が践祚(せんそ=皇位に就くこと)した地だ。本邸に近接する跡地は現在、葉山しおさい公園として整備されている。

 そもそも、葉山に御用邸が建設される契機となったのは、皇室侍医でドイツ人のエルウィン・フォン・ベルツが気候などを踏まえて保養地として明治天皇に行った進言だとされる。そして、病気療養中だった英照皇太后(孝明天皇皇后)の療養地として建設が決まったという。

 昭和46年1月27日の夜には同御用邸に男が侵入。御用邸の建物に放火し、本邸が全焼する事件もあった。2月5日に逮捕された男は統合失調症の病歴があった。56年に本邸は再建され、いまに至っている。

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