浪速風

「主権回復の日」の重い意味

サンフランシスコ講和条約の調印を終えた吉田茂首相は、細長いシガーを取り出して、実においしそうに喫(す)った。首席全権の大役を果たすまでは、好きな葉巻を断っていたのだ。急に喫(の)み出すのは身体によくないので、その一本だけでやめて貰った、と随行した白洲次郎さんが記している。

▶ソ連や中国も含めた「全面講和」か、米国を中心にした「多数講和」(単独講和とも言った)で世論は二分された。全面講和、永世中立を唱える南原繁東大総長を、吉田首相が「曲学阿世(きょうがくあせい)の徒」と呼んだのはよく知られる。真理を曲げて、世間や時勢に迎合する者を言う。

▶明日は「主権回復の日」である。昭和27(1952)年4月28日、講和条約と、同時に結ばれた日米安保条約が発効した。連合軍による占領統治が終わり、日本は独立国として新たなスタートを切った。西側世界の一員を選んだ決断は正しかった。だが、いまだ安全保障をめぐって、現実を直視しない空論がある。