オリンピズム

スポーツに高潔を求めて(1) 不祥事続くオリンピック 今こそ「ストレンジが伝えた精神」を考えてみては

【オリンピズム】スポーツに高潔を求めて(1) 不祥事続くオリンピック 今こそ「ストレンジが伝えた精神」を考えてみては
【オリンピズム】スポーツに高潔を求めて(1) 不祥事続くオリンピック 今こそ「ストレンジが伝えた精神」を考えてみては
その他の写真を見る (1/2枚)

 東京・青山霊園。多くの著名人がねむる墓地の一画に、フレデリック・ウィリアム・ストレンジの墓がある。日本陸上競技連盟が建立した碑文は『日本の近代スポーツの父』と刻む。

 明治初期、西欧の制度と知識の取り込みを図る政府方針によって数多くの外国人教師が海を渡ってきた。英国人ストレンジもまた、そのひとりであった。

 1875年3月に来日、国立東京英語学校に職を得る。パブリックスクールの名門イートン校出身の若い教師は語学とともに自らの生活様式も伝えた。スポーツする楽しさである。

 最も得意としたボートに始まり水泳、クリケット、トラック・アンド・フィールド(陸上競技)…。ただ競技の技術を教えるのみならず意義や競技大会の組織運営や管理まで。83年開催の東京大学第1回陸上運動会はストレンジの指導に与(あずか)った。

 スポーツ移植の事情は、遊津孟『日本スポーツ創世記』や木村毅『日本スポーツ文化史』に詳しい。

 ストレンジは学生を教える際、常にこう語ったという。「競技で尊いことは、相斗(たたか)うのに力をつくすことである。そうすれば勝敗の如(ごと)きは問題ではない」

会員限定記事会員サービス詳細