淡路島のナゾ

なぜヤシの木多い? 半世紀以上前に島内植物園化を構想

あちこちで見られる淡路島のヤシの木。南の島のように見えるには訳があった=淡路市岩屋
あちこちで見られる淡路島のヤシの木。南の島のように見えるには訳があった=淡路市岩屋

 淡路島に赴任して不思議に思ったのは「なぜヤシの木がこんなに?」だった。国道28号沿いにヤシの木が並ぶ風景は「南の島」のよう。島民には「日常」だが、亜熱帯性植物が瀬戸内式気候の淡路で自然に生えるはずはない。しかも島の東側や北部に多い。なぜ、淡路にこんなにヤシの木があるのか-。

 国道沿いにある樹木だけに管理しているのは、国交省近畿整備局兵庫国道事務所のはず。問い合わせると、確かに剪定(せんてい)作業などは同事務所が担当していた。しかし、「昭和41年に事務所ができたときに県から管理が移管されたが、植樹した時期や目的は不明」という。50年前にはすでに植えられていたのだ。

 インターネットで調べていると、淡路園芸景観学校の林まゆみ准教授の論文が見つかった。「昭和30年代に『淡路島全島亜熱帯植物園構想』に基づき、宮崎に続く『南国』を目指してヤシノキ、ブーゲンビリア、グァバなどの植物が全島で栽培・植樹されました」。さっそく林准教授に伺うと、「淡路島 植物園化の構想」(昭和38年3月 兵庫県企画部)という資料を紹介してもらった。

 県が作成したこの冊子によると、「観光開発の後進性をとりもどし、季節性と地域性を解消するために、淡路自身がそなえている地理的位置、自然的景観、人文的景観などを、ふるに生かした発展の方向性として全島植物園化を考えた」とある。フラワーセンターやフィッシングセンターなどの観光開発とともに「修景植栽」を示している。

 具体的には「岩屋、洲本、福良などの島の玄関となるところは、淡路に来たという実感すなわち異国情緒があらわれるようにする」「東海岸ぞいには、美しい西洋的な亜熱帯植物を多く用い、西浦海岸では、園地、開墾地などの道路周辺を利用して松、梅、椿など日本的なふんいきのあるものを配する」としている。

 橋がない当時、淡路島に求められたのは異国情緒で、そのために植えられたのが西洋的な亜熱帯植物だったのだ。岩屋や津名、洲本にヤシの木が多いのは港があり、当時島の玄関口だったため。

 また、島を15区画に分けて地域ごとに違う植樹をすることで季節性や地域性をなくし、全島を観光地化することも狙いにしていた。

 昭和30年代、憧れだった「南の島」への夢を投影したものが淡路島のヤシの木だった。生態系を守ることが尊重される現在では考えにくいことだが、県が主導して全島的に行われた「淡路島植物園化構想」。半世紀を経たいまでは、ヤシの木は淡路の「日常」にすっかり溶け込んでいる。

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