被災地を歩く

福島・白河 今も残る2つの爪痕 土砂や石垣崩落…記憶まざまざ

 目の前に整然と広がる公園。そこに民家が立ち並んでいた面影はない。だが、その場所で13人の命が失われた。爪痕は今もはっきりと残っている。

 JR白河駅に近い福島県白河市の葉ノ木平地区。大津波が襲った沿岸部からは遠く離れているが、ここも東日本大震災の被災地の一つだ。大規模な地滑りが発生し、約7万5千立方メートルという大量の土砂が人や建物をのみ込んだ。

 ◆短かった5年

 葉ノ木平地区と合わせて一つの自治会を形成する向寺(むかいでら)地区の竹貫博隆さん(68)は、あの日をまるで昨日のことのようにはっきりと覚えている。地区にある寺の住職でもある竹貫さんは激しい揺れに見舞われながら、自宅から庭に飛び出した。目の前で8メートルほどある石の山門が倒壊。けがはなかったが、「生きた心地がしなかった」。

 揺れが収まると消防団員が駆け込んできた。「山が崩れた」。現場に向かうと、そこにあったはずの山がない。情報が錯綜(さくそう)する中、警察や消防による救助活動が続く。「なんとか助かってくれ」。二次災害の危険性もあって現場に入れなかった竹貫さんは、祈ることしかできなかった。犠牲になった人たちの中には、寺の檀家(だんか)もいた。

 「顔をよく知っているだけにつらかった」

 5年の月日が流れたが、竹貫さんは短かったと感じている。葉ノ木平、向寺両地区の世帯数は震災前の217から50近く減った。

 「大切な人を亡くしたり被災したりした人たちは、その場所を見たくない。人が減るのは残念ですが、仕方がないことです」

 被災地に整備された公園は、かまどとしても使えるベンチや簡易トイレなどを備え、災害時の避難場所としての機能を持つ。だが、竹貫さんはいう。「この場所を使うようなことはあってほしくない」

 ◆熊本にノウハウ助言

 白河にはほかにも震災の被災地がある。葉ノ木平地区から、車で5分ほど離れたところにある国指定史跡の小峰城跡。堀の周囲を歩くと、所々が白いフェンスで囲われている。総延長160メートルにもなる石垣の修復工事だ。強い揺れで10カ所、7千個ほどの築石が崩れ落ち、5年以上が経過した今も修復作業が続けられている。

 石の重さは大きいもので1トンもあり、大型クレーンを使っても作業は簡単には進まない。市都市政策室によると、修復は平成31年3月ごろまでかかる見込み。栃木県那須町から花見に訪れた蓮実(はすみ)久代さん(57)は「一日も早く震災前の姿に戻ってほしい。また見に来ます」と話した。

 今回の熊本地震で大きな被害を受けた国の重要文化財の熊本城について、市は修復に向けたノウハウなどを助言した。熊本市からの要請を受けたもので、被災状況を記録する必要性や、これまで修復にかかった費用などを伝えた。担当者は「今後も依頼があれば積極的に協力したい」と話す。

 大規模な土砂崩れと城石垣の崩落は、熊本地震の被害と重なる。災害はいつ、どこで起こるかわからない。「決して備えを怠るな」。2つの被災地から、改めてそう教えられた気がした。(野田佑介)

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