いざ!リオ五輪 第1部・戦う意味(3)

競歩男子 垣根越え研鑽 悲願は目前

 なぜ、日本人は速く歩けるようになったのか。一つには、第一人者として活躍してきた今村の経験が生かされている。

 92年バルセロナ、2000年シドニーの両五輪に出場。1997年世界選手権では6位入賞を果たした。当時は、海外での強化合宿に参加しても各所属チームに分かれて移動や練習をする傾向が強く、1人だった今村は現地のメキシコ人に練習場所への送迎や給水を頼むなど骨の折れることが少なくなかった。

 「態勢を整えるのは時代の流れ。(競歩界は)ファミリーだという思いでやっている」

 2012年ロンドン五輪後から競歩部長に就くと、全日本としての強化合宿を増やした。それまでは年2回だったが、持久力強化や歩型チェックなど課題に応じた合宿も4~6回設けるようにした。普段は富士通で指導する今村も、合宿では所属先を問わず選手へのアドバイスを惜しまない。

 「競歩は指導者がいるチームが少なく、1人で練習する選手もいる。集まる機会が増えたことは大きい」と谷井が選手の思いを代弁する。所属の垣根を越えた切磋琢磨(せっさたくま)や情報交換は全体のレベルアップをもたらした。

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