【産経抄】時間が動き出す 4月21日 - 産経ニュース

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産経抄

時間が動き出す 4月21日

 紀行作家の宮脇俊三さんは、敗戦を山形県長井市にある米坂線の今泉駅で迎えている。当時18歳の宮脇さんは父親とともに、駅前の広場に置かれたラジオで玉音放送を聞いていた。

 ▼宮脇さんは放送が終わると、日本のすべての時が止まったように感じた。やがて2人が乗る汽車が、ホームに入ってくる。こんなときでも、鉄道は時刻表通りに運行していた。宮脇さんは車窓の風景に見入りながら実感する。「私のなかで止まっていた時間が、ふたたび動きはじめた」(『時刻表昭和史』角川ソフィア文庫)。

 ▼熊本地震で家族や友人を失った人たちのなかでは、時は止まったままであろう。自宅の全壊によって、途方にくれる被災者は、避難所での不自由な生活に耐えるのが精いっぱいである。もっともやがては、誰もが日常を取り戻さなくてはならない。鉄道の復旧は、そのきっかけの一つになるのではないか。

 ▼きのう、九州新幹線の新水俣と鹿児島中央間で運転が再開された。熊本市民が何より待ち望んでいたのが、市電の全面復旧に違いない。大正13年に歴史が始まった路面電車は、市民にとって大切な足であり、自慢の乗り物である。ただ、熊本城をイメージしたデザインで、観光客にも人気のある超低床車両「COCORO(こころ)」の復帰には、もう少し時間がかかる。

 ▼市電といえば、昭和20年8月6日、原爆によって焦土と化した広島では、9割の路面電車が使用不能となった。生き残った社員らが、不眠不休で作業に当たり、わずか3日後に、一部の区間で営業運転にこぎつける。

 ▼絶望の淵に沈んでいた市民は、大いに力づけられたという。当時の車両を復元した「被爆電車」は、昨年に続いて今年の夏も、広島の街を走る。