父の教え

『木枯し紋次郎』主題歌の上條恒彦から「失敗作」とまで言われた長男は…

【父の教え】『木枯し紋次郎』主題歌の上條恒彦から「失敗作」とまで言われた長男は…
【父の教え】『木枯し紋次郎』主題歌の上條恒彦から「失敗作」とまで言われた長男は…
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 「厳しくて怖い父でした」。歌手・俳優の上條恒彦さん(76)の長男で、舞台を中心に俳優、脚本・演出家として活躍する恒(こう)さん(49)は、子供時代をこう振り返る。

 特徴のある大きな声は、子供だった恒さんには恐ろしく感じられた。叱られたくない一心で、嫌だと思ったことを打ち明けられないことも度々あった。

 小学校に入るころ「将来、お百姓さんになりたい」と言ったことがある。近所の農家の人に親切にしてもらい、何気なく言った一言だった。長野県の農家で育った恒彦さん。夏休みになると恒さんに、親戚の農家で農作業をさせた。早朝から畑の草むしりや、トマト、桃の収穫。中学校3年までの9年間、毎年続いた。

 「本当は東京で友達と遊びたかった。でも、言い出したのは自分。嫌だと言うことは許されなかった」

 小学6年のとき、恒彦さんと母親が離婚。3歳下の弟と恒彦さんに引き取られた。母親恋しさで泣く弟をなだめる毎日。自身の気持ちは封印し、「離婚は仕方がない。僕たち兄弟もそれぞれ1人で生きていくんだ」と考えるようにした。

 高校を1年で中退後、父との距離感は一層、広がった。ライブハウスでロックバンドのボーカルをしたり運送屋でバイトをしたりしていた17歳のとき、恒彦さんが再婚したのだ。その後、大げんかになり、家を飛び出した。

 「再婚についてきちんと言ってもらえなかったことが腹立たしかった。けんかの理由はささいなことだったが、父への不満が爆発した」

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