正論

分数できない学生を増やすな 大学入試改革は何を目指すのか 神戸大学特命教授・西村和雄

 面接に頼る評価の危うさ

 多くの国立大学は、これまでも、センター試験の基本的科目を課している。新制度で、もし、国立大学だけにAO・推薦を拡大するのであれば、歯止めが失われ、日本のすべての大学の学力水準を下げることになりかねない。1割の学生ならともかく、3割の学生をAO・推薦で入れたら、国立大学でも授業が成り立たなくなる。

 次に「知識偏重」にならないように「記述式」の入試問題を採用し、2次試験では筆記試験を廃止するという点はどうであろうか。マークシート式試験に比べて、記述式試験のほうが解答に至るプロセスを評価できるため、思考力も評価できるのは確かである。

 しかし、多くの国立大は従来、記述式の2次試験を課してきた。私立大でも、科目によっては記述式の試験を課している学部や大学もある。一方、受験生のレベルが多様であるので、文科省の「学力評価テスト」はすべての大学が採用できる水準にならざるを得ない。そのため、「学力評価テスト」のみで、有力大学が求める学生を選抜し教育レベルを保つことは難しい。独自試験なら東大、京大、早大、慶大などの入試問題の特徴が異なるように、受験生は、入試問題を見て、自分に合った大学を選ぶことが可能である。

 さらに評価の方法については、1点刻みの順位付けから一定幅のランク付けに改めて、2次試験では論文や面接で、人物本位の評価を行うとしている。1点刻みの順位付けが良くないとされるが、一定幅のランク付けの幅の境界では1点刻みになることは避けられない。むしろ1点刻みの順位付けができるということは、評価が客観的だからということができる。

 そもそも、人物本位の評価は企業や社会がするもので、よほどの場合を除いて、大学が入学者選抜にあたってすることではない。論文・面接が悪いわけではないが、どちらも評価が主観的で不公平にならざるを得なく、筆記試験の代わりにはならない。面接結果は参考程度にとどめるべきであろう。

 そう考えると、大学によって異なる個性を生かすためにも、大学独自の2次試験は筆記試験を課すか、面接をやるかを含め、各大学の判断に任せるのが賢明である。

 分数できない学生増やすな

 改革では、いくつかの教科を合わせた「合科」型の試験も導入するというが、その前提は、高校生が学習指導要領にある多くの科目をしっかり学習してこそである。

 さらに、今回の改革で求められている創造力、思考力、問題解決力などは、ある程度広い範囲を深く学ぶことで培われる能力でもある。1~2教科だけの知識では、問題は解決できず、発想の種も限られてくる。

 分数や小数の計算ができないまま大学を卒業できる、あるいは物理を学習しないまま大学の工学部に入学して、卒業後に技術者として製造企業に就職できる現状の改善が優先される改革でなければ、改革をやる意味がないであろう。(にしむら かずお)

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