中江有里の直球&曲球

週刊誌発スキャンダルで「鬱憤晴らし」する日本の醜態 米アカデミー賞映画『スポットライト 世紀のスクープ』に思う「報道とは」

 現在テレビでは各新聞の1面記事を並べて、事件や社会現象などを報道するのが定番となっている。そうやって見比べると同じ事件を取り扱った場合、どうしても似たような紙面構成となってしまう。では新聞の独自性はどこにあるか。速報ではインターネットにかなわない。事件の事実を並べるだけでなく、独自の視点で調査し、問題をあぶり出していく「調査報道」の重要性が浮かびあがる。

 映画を見て考えた2つ目は、報じる視点。本作で虐待が疑われる神父はボストンだけで87人にも及ぶ。一人一人の神父は許しがたいが、神父たちの罪を隠し続けてきた教会という組織が元凶である。神父を糾弾しても教会が変わらなければ、別の加害者が現れるだろう。記者たちは教会による隠蔽(いんぺい)システムに注目し、それを暴き、なぜ事件が起きたのか、まで言及する。