夏目漱石の「坊っちゃん」ほど多くの日本人に読まれ、愛された文学はない。登場人物は類型的だが、あだ名を多用して親しみやすく、面倒くさい心理描写がない。そのおかげで、物語の筋が一気呵成(かせい)にぐんぐん進んで小気味よく終わる。丸谷才一さんの評である。
▶「坊っちゃん」は小学生でも読める。司馬遼太郎さんは明治以降の日本語の文章は漱石によって成熟したとみる。「一つの文章で新聞の社説を書くこともできれば、恋愛感情を小説にすることもできる。つまり多目的に使える。それを明治四十年前後に漱石がつくったと思っています」
▶出久根達郎さんは、新任教師の月給や下宿代、温泉に行く汽車賃、団子の代金などに着目する。小説をよりリアルに仕立てていると。いろんな読み方ができるのはさすが不朽の名作だが、小欄は漱石がわずか1週間で書き上げたことに感嘆する。完成したのは明治39(1906)年3月24日という。ちょうど110年になる。