正論

漱石と鴎外に与えた乃木大将の殉死の意味とは… 文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司

文芸批評家・都留文科大教授 新保祐司氏
文芸批評家・都留文科大教授 新保祐司氏

 今年は明治の文豪・夏目漱石の没後100年の年である。青春時代に著作をずいぶん読んだが、漱石文学の愛読者というほどではない。今では、「明治の精神」を代表する一人であると考えている。

 『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『草枕』などの初期の名作や『三四郎』『それから』『門』の中期の三部作、『彼岸過迄』『行人』『こころ』『道草』『明暗』などの後期の作品群は、今日でも読まれている作品であるし、今後も読まれ続けるに違いない。

≪『こころ』に描かれた場面≫

 しかし、今日の日本、21世紀の世界の中の日本、ということを思うとき、漱石の何が最も日本人の精神に訴えるものであるか、と考えると、それは『こころ』の中で、明治天皇の崩御と乃木大将の殉死に触れている文章であり、そこで「明治の精神」という言葉を出していることだと思う。

 小林秀雄は有名な『モオツァルト』の中で、モーツァルトの音楽を熱愛したフランスの作家・スタンダールの『ハイドン・モオツァルト・メタスタシオ伝』の結末の一節-モーツァルトを「裸形になった天才」ととらえた文章-について代表作である「数百頁の『赤と黒』に釣り合っていないとも限るまい」と小林らしい批評をした。同様に『こころ』の中の明治天皇と乃木大将について触れた一節が、漱石の数多くの「数百頁の」長編小説と「釣り合っていないとも限るまい」といえるのではないか。