話の肖像画

元プロボクサー・ガッツ石松(3)「広辞苑」とガッツ石松の意外な関係とは

WBC世界ライト級チャンピオンになり、観客にガッツポーズで応える=昭和49年4月
WBC世界ライト級チャンピオンになり、観客にガッツポーズで応える=昭和49年4月

 〈昭和41年にプロデビュー後、49年に3度目の挑戦でWBC世界ライト級王座を獲得した。ただ、歴代のチャンピオンが5敗前後で王座につく中、それまでに11回も負けた〉

 11回負けて、5回引き分けでした。昔は引き分けは負けと一緒でしたから、16敗したボクサーでした。東京に出てきても、お金がないから、働かないとジムに通えません。当然、練習不足です。技術じゃ負けないが、スタミナがない。私は17歳まで栄養失調でしたから、ものすごく体力がないボクサーでした。

 世界チャンピオンは富士山のてっぺんを眺めるようなもので、登る前はすごく遠く、気高い所に見えました。私はチャンピオンになる前に2回、世界戦をやりましたが、チャンピオンがどんなものか分かったことが大きい。富士山を登頂する人は、行く前にどこかを登って、山をある程度知って臨んでいると思います。

 〈世界チャンピオンになる前、スタミナ切れから自らダウンする嫌倒(いやだお)れで負ける場面が目立った。当時のリングネームは鈴木石松。「森の石松」から付けられた〉

 これはやった人じゃないと分からないと思います。頑張ろうと思うけど体力がない。体力がないから倒れる。48年のWBA世界ライト級王座戦でロベルト・デュランに敗れ、2度目の挑戦も届かなかった。所属していたヨネクラボクシングジムの後援者だったある会社の社長が、「ガッツ(根性)がないからガッツを持つように」と、新しい名前を付けてくれました。カタカナの名前に、ちょっと違和感はありました。