あの日 そして5年(1)

失った愛する家族悼む… 「私たちは今も千聖を育てている」

【あの日 そして5年(1)】 失った愛する家族悼む… 「私たちは今も千聖を育てている」
【あの日 そして5年(1)】 失った愛する家族悼む… 「私たちは今も千聖を育てている」
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次女を亡くした紫桃隆洋さん・さよみさん

 「形を変えても、私たちは今も千聖を育てているんです」

 1男2女の3人きょうだいの末っ子として生まれた紫桃千聖(しとう・ちさと)さん=当時(11)。東日本大震災の津波で児童・教職員84人が犠牲となった宮城県石巻市立大川小学校に通う5年生だった。

 父の隆洋さん(51)と母のさよみさん(49)にとっては、子育てに余裕が出てきた中での楽しい毎日だった。「千聖には理想の親をやらせてもらっていたの」。さよみさんはそう振り返る。

 当たり前に「ただいま」が聞けると思って送り出した「いってらっしゃい」。元気に駆け出した背中が最後の姿になった。

■   ■

 激しい揺れに襲われた平成23年3月11日。その数十分後、仕事場から駆けつけた隆洋さんは思い切り車のアクセルを踏み込んだ。背後から巨大な黒い塊となった津波が迫る。スピードメーターは時速70キロを超えていた。一方、自宅にいたさよみさんは堤防が決壊し、大川小への道が寸断されたことをしばらくたってから知る。「千聖は学校にいるはず。学校なら大丈夫だろう」。そう思っていた。

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