浪速風

大阪府の人口減少は深刻だ

大阪府の人口推移と増減率及び増減数
大阪府の人口推移と増減率及び増減数

司馬遼太郎さんは「大阪の原形」でこう書いている。「明治維新早々の大坂は、一時期、人口も激減し、灯の消えた家と同然になった」。大坂城下の三郷と呼ばれた地域に限ってだが、江戸時代に40万人を超えていた町方人口が、明治6(1873)年には約27万人に減った。その後、増加に転じる。

▶平成27年国勢調査の速報値で、大阪府の人口が68年ぶりに減少した。戦争による大幅減を例外とすれば、右肩上がりに初めてブレーキがかかった。神戸市は福岡市に抜かれ、政令市で6位に転落した。少子化が理由だろうが、首都圏への一極集中が加速して、関西が地盤沈下しているのが気になる。

▶明治の大阪は近代工業都市に脱皮し、さらにインフラを整備して人々を引き寄せた。司馬さんは「建築でいえば補強や改造されたものではなく、ほとんど建てかえられたと同然といっていい。(略)このまち自体の工夫と努力によるものである」という。先人に学ばなければ。