話の肖像画

作家・平岩弓枝(1)お宮のひとり娘として生まれて

作家・平岩弓枝さん(荻窪佳撮影)
作家・平岩弓枝さん(荻窪佳撮影)

〈昭和48年に連載を開始した「御宿かわせみシリーズ」は、江戸末期の旅籠(はたご)を舞台に、主人のるいが恋人の東吾らと市井の事件の解決にあたる人気時代小説。舞台を明治に移した「新・御宿かわせみ」シリーズとあわせて累計1700万部以上を発行。1月に出版した40冊目の新刊「お伊勢まいり」も好評だ〉

「御宿かわせみ」は「グランドホテル方式」の書き方がしたいと始めた作品です。1つの場所にさまざまな背景を持つ人が集まり、物語が展開します。本当は江戸で終わるはずだったのに、編集の方が「明治もいいじゃないですか」と「新・御宿-」を始めました。ファンの方からも「やめないで」というお手紙も届き、周囲からのエネルギーをいただいて書いている状態ですね。主要登場人物に子供が生まれると、読者から「そろそろ3歳になりますね」といったお手紙をいただき、慌てたこともあります。もうひとつの時代小説シリーズ「はやぶさ新八御用旅」は登場人物が年を取らないので、こちらのほうが書きよいですね。

私は代々木八幡宮(東京都渋谷区)の神主の娘として生まれました。八幡宮は武の神様ですけど、最近は「開運」と「縁結び」の神社といわれているようね。

私が生まれたとき、父は25歳、母は20歳。その後はどういうわけか子供に恵まれなかったので、ひとりっ子。幼稚園に行かなかったので自然と本を読むようになりましてね。父が熱心に文字や算数を教えてくれました。

〈小学校卒業の昭和19年、日本女子大付属高等女学校を受験し合格する〉

東京で空襲が激しくなると、両親は何としても私を生き残らせなければと、20年4月から福井の母方の伯母の家に疎開させました。伯母には一人息子がいましたが、満蒙開拓団に志願して伯母は1人暮らし。伯母は精米所や理髪店をしながら、毎朝始発の電車で通う私を福井市内の女学校に送り出してくれました。勤労動員が多く、焼けた郵便貯金台帳を整理したり、山に草刈りに行ったり…。何でも驚いてばかりいるものだから「ビックリさん」というあだ名を付けられました。大鎌が使えずにいると代わりに草を刈ってもらったり、背中のかごを支えてもらったりと、親切をたくさんもらいました。

福井市では7月19日に大空襲がありました。B29が市内周辺から焼夷(しょうい)弾を落としていくのです。ボンボン燃えて。ただ、市から5里(約20キロ)ぐらい離れた伯母の家からは「福井の空は赤いわね」という感じ。ラジオ放送もないので分からない。翌朝、一番電車に乗って女学校に向かいました。電車は市に入る手前で止まり、後は歩きです。そしたら焼け野原。お城のお堀に死体が山のように積み上がって…。空襲には遭っていないけど、空襲のひどさは目の当たりにしました。

終戦後、両親が福井に迎えに来てくれましたが、伯母を一人残していくのはつらかったですね。そのときは一人息子の消息も不明…。東京に向かう列車が動き出すと伯母も一緒にホームを歩いて手を振る。飛び降りたいぐらい伯母をかわいそうに思いました。

(聞き手 村島有紀)

(2)個性を伸ばした女子校時代

 平岩弓枝

ひらいわゆみえ 昭和7年、東京生まれ。日本女子大卒。小説家を志し、作家の戸川幸夫に師事。その後、長谷川伸の門下に入る。昭和34年「鏨師(たがねし)」で直木賞。テレビドラマ脚本に進出し、「女と味噌汁」「肝っ玉かあさん」「ありがとう」シリーズなどの大ヒット作を送り出す。「女の河」などの現代物、「御宿かわせみ」などの時代物と、幅広く執筆し、舞台の脚本・脚色も多数。平成3年に「花影の花」で吉川英治文学賞。9年に紫綬褒章。10年に菊池寛賞。16年、文化功労者。

 


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