巧妙なことに、昆虫は嗅神経細胞が分布する毛の表面のクチクラだけに直径50ナノメートル(1ミリの2万分の1)の穴を無数に開け、におい物質の透過性を高めている。
また同時に、この穴の直径は表面張力で体内の水分がしみ出さないサイズに調節されている。実はこの構造、山登りのレインウエア製品の防水通気性素材にも応用されているのだが、昆虫はこんなに小さな穴を規則正しい間隔でどのように形作るのだろうか。
穴ができる過程を電子顕微鏡で観察したところ、直径50ナノメートルの小さなシャボン玉のような構造がたくさん外骨格の中に埋め込まれていく様子が見えてきた。
どうも、この微小なシャボン玉作りが外骨格表面の微細な穴作りのキモのようだ。このシャボン玉が一体どこからどうやってきて、外骨格に穴をつくるのかはまだ謎に包まれている。私は日々顕微鏡をのぞき込みながらこの昆虫流の微細加工技術の原理解明を目指している。
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安藤俊哉(あんどう・としや) 東京大大学院修了。物理と化学中心の同大の理科I類に入学したものの、小さい頃に野山で出会った昆虫の美しさやその巧みな生態を生み出す機構を学ぶことを決意し、2年時に思い切って生物学科へ進学。以来、地球上のさまざまな環境に適応してきた昆虫の体づくりに着目して研究を進めている。平成25年より理研CDB研究員。32歳。