書評

桐朋学園大教授・西原稔が読む『『「聴くこと」の革命 ベートーヴェン時代の耳は「交響曲」をどう聴いたか』』(マーク・エヴァン・ボンズ著、近藤譲、井上登喜子訳)

『「聴くこと」の革命』(マーク・エヴァン・ボンズ著、近藤譲、井上登喜子訳/アルテスパブリッシング・2800円+税)
『「聴くこと」の革命』(マーク・エヴァン・ボンズ著、近藤譲、井上登喜子訳/アルテスパブリッシング・2800円+税)

芸術思想の系譜を明らかに

 この書物のタイトルから、ベートーベンの交響曲の聴き方のハウツー物を連想するならば、その期待は裏切られるであろう。というのは本書の課題は、作品解釈でも交響曲概論でもないからである。

 原題は「思想としての音楽 ベートーベンの時代における交響曲聴取」で、著者は18世紀前期から後半にかけての啓蒙(けいもう)主義および初期ロマン主義の時代の膨大な原典資料をもとに、ベートーベンとその時代の美学的、哲学的、社会学的背景をきわめて緻密に論及する。

 その内容は音楽論としてだけではなく、美学史および社会史としても第一級である。ボンズはアメリカを代表するベートーベン研究者で、多くの書物を上梓(じょうし)しているが、その研究のスタンスは独特である。

 彼によると1810年から60年の間の交響曲の出版は122作品にとどまる。というのは交響曲の出版譜は売れないからである。そうした状況の中でベートーベンの交響曲は何ゆえにもてはやされたのか、という課題をボンズは哲学者カントの主著『判断力批判』の考察を土台に説き起こす。

会員限定記事会員サービス詳細