浪速風

司馬さんに教えられた「文化財防火デー」の意味

「文化財防火デー」にあわせ法隆寺で防火訓練が行われた=26日、奈良県斑鳩町(桑島浩任撮影)
「文化財防火デー」にあわせ法隆寺で防火訓練が行われた=26日、奈良県斑鳩町(桑島浩任撮影)

司馬遼太郎記念館会誌「遼」の冬季号に、司馬さんが産経新聞の宗教記者時代に本名で書いた興味深いエッセーが掲載されている。昭和24(1949)年1月26日、奈良・法隆寺の金堂で火災が発生し、壁画が焼損した。文化財に対する日本人の意識が低すぎる-と国際的に非難を浴びた。

▶司馬さんは、失火の責任を問われた当時の貫主を擁護する。「千数百年来、あの世界的古建物が、全く奇蹟的に護られて来た事実を忘れている。そして、その『奇蹟』がだれによって、また誰の何によって護られて来たか、という最も重大な事実を、故意か、無智かによって忘れてしまっていた」

▶誰とは代々の僧侶であり、何というのは信仰の伝統である。「建物は、文化財であるから尊いのではなく、教法の道場であるから尊いのだ」。没後20年、なお司馬さんに教えられることは多い。そして今日は、法隆寺金堂火災を契機に制定された文化財防火デーである。