話の肖像画

噺家・柳家小三治(2)親父への反旗

家族写真。左端が本人。左から3人目が母のコトジ、その右隣が父の繁蔵
家族写真。左端が本人。左から3人目が母のコトジ、その右隣が父の繁蔵

 〈東京・新宿で昭和14年、5人姉弟の唯一の男の子として生まれる。小学校校長の父と、武家の娘だった母のもと、厳格に育てられ、むやみに笑うなと仕込まれた。試験では常に100点を求められ、95点では叱責された〉

 親父(おやじ)は号令や礼儀に厳しい先生だったそうです。おふくろも私によく「この子はいずれ陸軍大将か総理大臣になる」なんて夢みたいなことを言ってましたからね、子供にとっては相手にならない。勝手に言ってろってなもんでね。以降、塾に通わせて何とか良い学校に行かせようっていう親の姿勢には、ことごとく反対してきましたね。

 〈戦後、街頭テレビに人々が群がった28年。落語に初めて接したのは、この中学3年のとき。立ち寄った本屋で、何となく見つけた本のタイトルが目に留まった〉

 オチゴ? 何だ、このオチゴって? と思ったら、それが落語だった。確か「落語全集」だったと思います。手にとってパラパラとめくったら、「卵焼きはたくあんで、かまぼこは大根で見立てて食おう」なんてやりとりが、ばかばかしくて面白れぇことが書いてあるなぁと。「長屋の花見」という噺(はなし)ですが、当時、卵焼きは羨(うらや)ましいようなごちそうだった。ひもじい思いをしていた私にとっては、憧れだったのかなぁ。落語にのめり込んでいきました。

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