阪神大震災21年

尼崎の人情銭湯「築地戎湯」 液状化被害も乗り越え、4代目辻野さん「続けてよかった」

 昭和から平成にかけても昔ながらの街並みは変わらず、「家庭風呂がある家が少なかったから、お客さんがようけ入ってくれた」。

湯船が7センチ傾き…それでも震災後20日で再開

 ところが、21年前の震災で地区は大きな影響を受けた。全体(13・7ヘクタール)で液状化が発生。地盤が沈み、建物の約3割が全半壊した。「湯船が7センチくらい傾いてね、空っぽになってましたわ」。築地戎湯は煙突や浴槽が傾いたものの、建物の被害は大きくなく、20日間の休業で営業を再開した。

 だが、震災に伴う区画整理事業が始まり、住民が一時転居したりすると、客足はぱったりと途絶えた。周辺の同業者も次々と店をたたんだ。そのころ、市内の他の銭湯が温泉を掘り当てたと聞いた。「温泉があれば生き残っていけるんちゃうか」。賭けに出た13年、区画整理で移転することになった数メートル先の土地を地下700メートルまで掘り進めると、42・6度の温泉がわき出した。

「掛け流し銭湯珍しい」…ネットで評判に

 幼いころ、家業を助けるため、燃料となる廃材を近くの工場で集めていたという辻野さんにとって「湯を沸かさんでいいなんて夢みたいな話」。