【阪神大震災21年】尼崎の人情銭湯「築地戎湯」 液状化被害も乗り越え、4代目辻野さん「続けてよかった」(1/3ページ) - 産経ニュース

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阪神大震災21年

尼崎の人情銭湯「築地戎湯」 液状化被害も乗り越え、4代目辻野さん「続けてよかった」

 銭湯「築地 戎湯」の辻野兼司さん、スエ子さん=12日午前、兵庫県尼崎市(沢野貴信撮影)
 銭湯「築地 戎湯」の辻野兼司さん、スエ子さん=12日午前、兵庫県尼崎市(沢野貴信撮影)

 平成7年の阪神大震災で深刻な液状化が起きた兵庫県尼崎市の築地地区で、震災を乗り越え、足かけ20年以上にわたって地域に愛され続ける銭湯がある。明治時代創業の「築地戎湯(えびすゆ)」。震災後、20日間の休業を経て営業を再開し、13年には温泉掘削で経営難を乗り越えた。地区は震災後の区画整理で街並みが一変。築地戎湯はかつてにぎわった人情の町の最後の象徴だ。

創業は明治20年ごろ 高齢者の憩いの場に

 「いらっしゃい。今日も寒いなぁ」

 せっけんやタオルを手に常連がのれんをくぐる。客層は10代の若者から70歳を超える高齢者まで幅広いが、夕方になると、ロビーは地元の高齢者たちの憩いの場に変わる。売りはかけ流しの天然温泉。筋肉痛や冷え性、疲労回復に効果があるとされ、遠方から足を運ぶ人も多い。

 4代目の辻野兼司さん(76)によると、創業時期は明治20年ごろ。地区はもともと江戸時代に埋め立てられた尼崎城の城下町で、碁盤の目状になった狭い路地には、古くから町屋や文化住宅が軒を並べた。