元露スパイ毒殺事件

猛毒ポロニウムはロシアの核閉鎖都市で製造されていた…暗殺国家の闇を浮き彫りにした戦慄の英報告書

 具体的には99年に300人の死者を出したモスクワアパート連続爆破事件の内幕を暴露したことにあり、背景にプーチン氏とリトビネンコ氏の浅からぬ因縁があったと指摘した。

 プーチン氏が、第2次チェチェン戦争の引き金となったアパート連続爆破事件を契機に絶大な権力を握るようになったのは有名だ。

 リトビネンコ氏は98年11月、政商ベレゾフスキー氏の暗殺を命じられながら、その命令を内部告発して逮捕された。その上司であるFSB長官がプーチン氏だった。リトビネンコ氏は無罪となるが、翌年再逮捕され、再び釈放され2000年に家族を連れて英国に亡命した。 

 ロンドンでリトビネンコ氏は、モスクワの一連のアパート爆破事件とプーチン氏の大統領就任を結びつける告発本「ロシア爆発。内からのテロ」を出版する。アパート爆破事件はチェチェンの犯行と決めつけたプーチン氏はそれを理由にチェチェン弾圧を行い、国民から圧倒的な支持を得た。病弱なエリツィン大統領(当時)はプーチン氏を後継者に指名、99年12月に引退。チェチェン平定を果たしたプーチン氏は2000年3月大統領選挙で圧勝する。

 権力を掌握したチェチェン弾圧とそのきっかけとなったアパート爆破事件が、チェチェンのテロリストの犯行ではなくFSBのプーチン勢力による自作自演だったとリトビネンコ氏は内部告発したことがプーチン氏の逆鱗に触れたと報告書は分析している。報復と見せしめの可能性が強い。リトビネンコ氏自身は、死のベッドで書いた遺書で、プーチンとFSBにやられたと記している。

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