元露スパイ毒殺事件

猛毒ポロニウムはロシアの核閉鎖都市で製造されていた…暗殺国家の闇を浮き彫りにした戦慄の英報告書

 そこでポロニウム210を製造、使用できるロシア政府が殺害に関わった可能性が高いと結論づけた。

毒殺の伝統

 ロシアでは毒物によって暗殺する伝統がある。古くは暗殺者たちを生み出す原点となった帝政ロシア末期に、人心を乱すとして怪僧ラスプーチンに青酸カリを飲ませ、殺害を試みたことはよく知られている。

 そしてロシア革命の父、レーニンが1917年の10月革命後、政敵に対するテロ暗殺のために設立した国家保安委員会(KGB)の前身である「チェカー」(秘密警察組織の通称)の毒物研究が発端となり、ジェルジンスキーらが裁判なしに反革命派を逮捕・処刑、最後の皇帝ニコライ2世一家殺害にも関与した。

 78年、ロンドンでブルガリアの反体制活動家が傘の先に仕掛けられた猛毒、リシンによって殺害された。KGBの対外防諜局長で米国に亡命したオレグ・カルーギンが、亡命先でKGBの犯行であったことを暴露している。

 スターリン時代に規模が拡大され、ソ連崩壊後はFSBが研究を引き継いだ。ロシア西部サロフの国家施設アヴァンガルド・プラントで開発された放射性物質ポロニウム210は最新の「凶器」といえる。サロフは、旧ソ連時代には「アルザマス16」の名前で呼ばれていた秘密核兵器開発都市だ。

動機 モスクワアパート連続爆破事件

 報告書は暗殺の動機を「FSBの腐敗を告発するなど、リトビネンコ氏はロシアに多くの敵を作った」とした。

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