世界のかたち、日本のかたち

憲法改正では、まず自衛隊の明記を 大阪大教授・坂元一哉

 明治憲法(大日本帝国憲法)が改正されてから、今年で70年になる。

 この憲法改正は、日本の政治の仕組みに大きな変化をもたらした。貴族院を廃止して、国会議員はすべて国民が選ぶ。首相は、国会議員が国会議員のなかから選ぶ。それまで憲法外にあった内閣制度に関する規定を憲法内に書き込んで強化する、といった変化である。憲法学者のなかには、この改正を「革命」の結果という人もいた。

 だが「革命」はいい過ぎだろう。改正は、明治以来の議会制度を大きく改良したが、議会制度そのものを生み出したわけではない。また明治憲法も、改正された憲法(日本国憲法)も、第一条以下の条文でまず、天皇を国家制度の中核に位置づけている。実際、当時の政府が憲法改正において何より配慮したのは、改正が、そこを変えるような「革命」になるのを防ぐことだった。

 この点、憲法改正に取り組んだ幣原喜重郎首相が、枢密院で行った説明は興味深い。天皇の地位は従来、「世襲ノ御威光(ごいこう)」によるものだった。だが改正憲法では、その地位(日本国と日本国民統合の象徴)は、国民の「至高ノ総意」にも基づく。これにより「皇位ノ淵源」は「一層深ク其ノ基礎ハ一層確(かた)イコトトナツタ」。つまり「国体」は守られるだけでなく、よりよく守られるという説明である。

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