阪神大震災21年

弟子を震災でなくした棋士「追悼続けて思いを新たに」

震災で亡くした弟子の船越隆文さんが住んでいたアパート跡地に、追悼に訪れた棋士の森信雄さん=17日午前、兵庫県宝塚市(村本聡撮影)
震災で亡くした弟子の船越隆文さんが住んでいたアパート跡地に、追悼に訪れた棋士の森信雄さん=17日午前、兵庫県宝塚市(村本聡撮影)

 別れの悲しみも、人を育てる尊さも、弟子から教えられた。阪神大震災から21年を迎えた17日、宝塚市のプロ棋士、森信雄さん(63)は門下生ら10人とともに、震災でアパートの下敷きとなって命を落とした弟子、船越隆文さん=当時(17)=をしのんだ。船越さんと出会い、別れたことは今でもつらいが、その分、弟子一人一人を思いやる気持ちが強まった。「君の分まで頑張っているよ」。毎年1月17日は「一門の日」。今年もアパートの跡地や慰霊碑で誓いを立てた。

 船越さんは福岡県出身。プロ棋士を目指して平成4年3月、14歳の中学2年で森さんに弟子入りしてきた。「都会では誘惑が多い」。森さんは宝塚市の自宅近くのアパートを紹介し、6年の春に単身で引っ越してきた。「寡黙だが地道に力を付けていくタイプ。船越君がプロになることで自分の師匠としての目が証明されると思った」。森さんも気合が入った。

 7年1月16日朝、東京で対局があった。家を出る前、船越さんに荷物を預け「頼むわな」と声をかけた。その日の夜、なぜか眠れなかった。嫌な予感は17日、現実になる。対局を終えると日本将棋連盟の職員からメモを手渡された。

 「船越君が亡くなりました」

 最後に会話を交わした場面が、目に焼き付いて離れなかった。言葉にならない、師匠として弟子を預かった責任を取り切れない辛さに、さいなまれた。もう弟子をとるのを止めようと思った。

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