(毎週土日に掲載します)
書を捨て街に出でよ
河合栄治郎は大正7(1918)年11月、号外売りのけたたましい呼び声に「ドイツ降伏」のニュースを知った。
第一次大戦は、栄治郎が東京帝大を卒業した前年の大正3年に始まっていた。日本は欧州勢力の後退に乗じて対華21カ条要求を袁世凱政権に突きつけた。いま、その大戦が栄治郎の米国滞在中にようやく終結した。
米国のウィルソン大統領が提唱する国際連盟の創設へ、世界が動き出す瞬間に思えた。ジョンズ・ホプキンズ大学内もまた、終戦を迎えて自由擁護の空気がみなぎっていた。
栄治郎はこの大学で、ダイシー教授の著書『19世紀英国に於ける法律と世論との関係』に出合い、自由主義の研究へと導かれていく。彼は「一巻の書が之ほどに自分を動かした経験を未だ嘗(かつ)て味わったことがない」(「米国生活の思い出」『全集第二十巻』)と、感激のうちに読了している。
後に栄治郎の思想の根幹をなす英国思想界の巨人、トーマス・ヒル・グリーンを知ったのも、哲学のスロムニスキー教授の教示がきっかけだった。研究室を訪ねると、教授は栄治郎が「何を求めているのか」を詳しく聞き出した。