静岡 人語り

浜松ホトニクス社長・晝馬明さん(59)

 ■会社には常に進化が必要 浜松はまだまだ成長可能

 実は、社内結婚なんです。ボストン郊外の会社で彼女が先に働いていて、赴任した私が一目惚(ぼ)れしまして。1対1で誘う勇気もなかったので、日本人男性3人と現地の女性3人とで映画に行ったりしました。ある朝、赤いバラを買って彼女の家の玄関前に置いておいたら、彼女が気づいたときにはすでにしおれていた、なんてこともありました。

 米国で生まれ育った娘は、99%米国人です。父親が日本人、母親が仏語を話すカナダ人ですから、本来は日本語と仏語と英語ができるはずなのですが、私も女房も言葉を教えなかったので、娘は英語しか話せません。これはちょっと、もったいなかったかな。

 日本に戻って社長を引き受けようと決めたのは、社員個人個人の能力を足し合わせることにより、今までなしえなかったことができるようになる、私がその「糊(のり)」のような存在になれば会社も成長できると考えたからです。帰国時点で今後10年は問題ないと確信していましたので、私の役割は10年、20年先に会社をどうすればいいのか決めることだと考えました。

 これまで60年間成長してきた会社が、次の60年をどう生き残るのか。会社の基本的精神を変えてはいけないけれど、常に進化しなければやっていけない。そのようなことを社員一人一人が考えるような意識改革ができれば、さらに発展できると思っています。

 当社では、だれでもある程度自主的に研究テーマを設定できます。そういったことをしながらもしっかり利益を出すことを考えなくてはならない仕組みで、二律背反するものが会社の精神として宿っています。社員には、新しいテーマを自分で考えて実行してもらいたいし、一事業部だけでは実現できないような、会社全体や事業部横断で行うプロジェクトも、今後は成功させなければなりません。

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 光産業は、長いスパンでやっと製品が売れるもの。私たちが新製品を開発して提供し、それをお客さまが使って量販するまでに、5年くらいはすぐたってしまいます。

 一般的な産業は完成品メーカーをトップとするピラミッド型ですが、光産業は逆ピラミッド型。ボトムにいるのが私たちのような、センサーなど要素製品を作る会社です。そして、それらを使ってモジュールを作るお客さまがいて、モジュールを使ってシステムを作るお客さまがいて、システムを使ってサービスを作るお客さまがいる。光技術を利用した応用製品を作ったり使ったりしている業界は、本当に幅広いのです。

 浜松は輸送機器を中心とするものづくりの街ですが、次の新しい産業も育てなければなりません。光産業のボトムにいる私たちの製品の性能が完成品の性能を左右する、そのくらいキーになるコンポーネントを浜松で生み出しているのです。そういったものを使って新しい価値を生み出すベンチャー企業が浜松や遠州に育てば、浜松も私たちもまだまだ成長できると考えています。

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 生粋の日本男児という外見の印象とは異なり、典型的な米国人のようにフランクで陽気な方でした。社長として会社の事業や今後の展開についても饒舌(じょうぜつ)に語ってくださいましたが、何よりも、家族の話をするときの照れくさそうな優しい笑顔がすてきでした。(構成 田中万紀)

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 次回からは、主婦で漫画家の江川直美さんです。(毎週金曜日に掲載)

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【プロフィル】ひるま・あきら

 昭和31年、浜松ホトニクスの基盤を築いた晝馬輝夫さん(現会長)の長男として生まれ、高校まで浜松市で暮らす。20歳で渡米し、米ラトガース大学コンピュータ・サイエンス専攻を卒業。米ハママツ・システムズ・インクに勤務後、米ハママツ・コーポレーション社長を務めるなど、32年間を米国で過ごす。平成21年に帰国し、父の後を受けて現職。

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