話の肖像画

世界エイズ・結核・マラリア対策基金局長 國井修(3)ソマリアは日本の僻地

ソマリアで子供たちに囲まれて=2010年(本人提供)
ソマリアで子供たちに囲まれて=2010年(本人提供)

 〈自治医大は、僻地(へきち)に医療の灯をともすため設立された大学。学費免除の代わりに、卒業後一定期間、出身県で地域医療に携わる〉

 せっかくなら究極の僻地を、と希望したところ、人口約2600人の栃木県栗山村(現日光市)の診療所に勤務することになりました。大学病院や救命救急センターで経験を積んだのに、ここでは慢性疾患や寝たきりの高齢者が相手。症状を悪化させないこと、痛みを和らげること、安らかな死を迎えさせることが仕事で、「病気を治せる」ことはあまりありません。今まで急性期の治療で患者さんを救った気になっていたけれど、それは医療のほんの一部。患者さんの中には、退院後も医療や介護の手が足りない地域で生活しながら病気と闘う人も多いのです。

 僻地医療をしながらも、年1、2回はNGOを通じて海外で緊急援助もしていました。特に思い出深いのはソマリアです。

 〈たび重なる内戦に苦しむ東アフリカのソマリアは、世界最貧国のひとつ。平成5(1993)年、緊急医療援助NGOのプロジェクト立ち上げのため、無政府状態のソマリアを訪れた〉

 ソマリアは2度目でした。初めて訪れたのは医学生だった昭和60(1985)年。難民キャンプで診療の手伝いをしたかったのですが、医師のいない診療所をひとりで任されてしまった。「Where There Is No Doctor(医師のいないところで)」という途上国医療のバイブルを必死に読みながら働きましたが、薬も食糧も足りず、重症患者に何をすることもできなかった。無力でした。

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