歴史事件簿

南太平洋海戦(中)「頼むぞ」甲板から飛び立つ攻撃隊63機を見送る南雲中将 ガダルカナルの日米決戦いよいよ佳境に

【歴史事件簿】南太平洋海戦(中)「頼むぞ」甲板から飛び立つ攻撃隊63機を見送る南雲中将 ガダルカナルの日米決戦いよいよ佳境に
【歴史事件簿】南太平洋海戦(中)「頼むぞ」甲板から飛び立つ攻撃隊63機を見送る南雲中将 ガダルカナルの日米決戦いよいよ佳境に
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 昭和17年10月、ソロモン諸島・ガダルカナル島のアメリカ軍ヘンダーソン航空基地をめぐり激しい争奪戦を展開する日米両軍。日本海軍は戦艦などの砲撃でダメージを与えるが、そのたびに回復し、攻撃機を繰り出すタフネスさに有効策を見いだせなかった。そこで大規模な陸上戦で占領する以外にはないと、22日の陸軍第17軍の総攻撃の支援目的に空母5隻の機動部隊を派遣。そして島の近海を警戒中の、あの猛将率いるアメリカ機動部隊と全面対決の日を迎えた。

ちくはぐな陸海連係

 空母「翔鶴(しょうかく)」「瑞鶴(ずいかく)」などからなる第3艦隊とともにヘンダーソン基地の哨戒圏外で待機する、空母「飛鷹(ひよう)」「隼鷹(じゅんよう)」などを中心とした第2艦隊は、巡洋戦艦2隻による基地砲撃から数日後の17日、零戦と97式艦上攻撃機(艦攻)を各18機発進させ、基地空襲に向かった。

 ミッドウェー海戦で主力空母4隻を失った日本軍だが、生き残りの熟練パイロットも多く、誰もが「ミッドウェーのかたきを」と思っていた。ところが米軍機に迎撃され、たちまち隼鷹機を中心に艦攻10機、零戦1機を失ってしまう。

 しかも20日には、飛鷹が機関部の故障から発生した火災の影響で速力が低下したことから、「これ以上の戦闘継続は不可能」とトラック島に帰還。戦いの直前に空母1隻を稼働できない誤算はあったが、飛鷹の艦載機は隼鷹とラバウル基地に振り分け、何とか態勢を建て直す。