海道東征を紡ぐ 信時潔物語

(21)「一つ信じたものを通していく」…戦時中でも夜中、新曲に耳傾け

 さて、大中さんの怒られた記憶といえば…。作曲の課題を持っていったとき、その作品をピアノで弾いた信時は「こういうことをするからおかしくなる!」と怒りだした。この時期、音楽学校には橋本國彦というヨーロッパ帰りの作曲家がいて、斬新な曲を書いていた。大中さんも影響を受けたが、どうやらそれが信時の感性には合わない。「あなた弾いてみなさい」と叱られてピアノの前に座ると、鍵盤には信時が怒りながら飛ばしたつばが残っていたという。

 「ただ、そういった音楽に敏感なのは、信時先生がとても勉強熱心だったからこそだと思います。戦時中でも夜中には新しい曲が放送されていましたが、それもよく聴いていらっしゃった」

 大中さんはそんな信時の作曲家としての姿勢に頭が下がるという。そして信時と同様、声楽曲にこだわり作曲を続けている。

 「一つ信じたものをずっと通していくこと。そういうことも教えていただきました」

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