ところが、虫プロで「よく来たね」と出迎えてくれたのは、父の劇団「表現座」にいて子供の頃から知っていた穴見薫さん(後の虫プロ常務)でした。手塚先生は「アトムはピノキオの話が基になっているんだよ」と説明もしてくださって、後になって「そうか」と腑(ふ)に落ちたんです。私は中学1年の13歳のとき、表現座の夏休み子供劇場で「ピノキオ」に主演したんです。それを穴見さんが覚えていて、「アトムの声にどうですか」と手塚先生に推薦してくれたんだと知りました。
〈パイロット版は、放送第1話でも使われたアトム誕生のシーンだ。ベートーベンの「運命」をバックに、機械のアトムに命が入る〉
立とうとして転んで、生みの親の天馬博士に歩み寄って「お・と・う・さ・ん」と言ったのがアトムの初めての言葉なんですよ。ロボットの声をどうやって出したらいいのか、そもそも当時はロボットという物自体もよく分からなかったので、迷いながら合わせた声でしたが、手塚先生は録音後に「アトムに魂が入った」と大喜びされて、私の手を握ってくれました。私にとってもものすごい感激でした。
〈ところが、その後、「アトム役のオーディションをやっている」という話が清水さんの耳に入り、大変気落ちしたという〉
あれ、私じゃないんだ、あんなに先生喜んだのに私じゃないんだ…とがっかりしちゃって。業界だから聞こえてくるんです。
そうしたら、11月ごろでしたか、38年元日の放送開始ぎりぎりになって、私で行くということが決まって。うれしくて、「アトム君、大好き」と涙が止まらなかったのを覚えています。
「ミテレコ」に悪戦苦闘
〈国産初の長編テレビアニメーションシリーズ「鉄腕アトム」は昭和38年元日、フジテレビで放送が始まった〉