海道東征を紡ぐ 信時潔物語

(16)20歳から交流、生涯の友・熊谷守一…ついには親戚に

「画壇の仙人」と呼ばれた熊谷守一。信時潔と生涯、親交を持った
「画壇の仙人」と呼ばれた熊谷守一。信時潔と生涯、親交を持った

交声曲「海道東征」が11月28日、福岡市のアクロス福岡シンフォニーホールで公演されます。これに合わせ平成27年8~9月に産経新聞で連載した「海道東征を紡ぐ―信時潔物語」をアーカイブ配信します。あらためて創作の背景や作品の歴史的意義についてお伝えできればと思います。肩書などは当時のままです。チケット販売に関しては産経iD(https://id.sankei.jp/e/4924)をごらんください。

信時潔(のぶとききよし)が親交を持ち続けた画家は旧制市岡中学の同級生、小出楢重(ならしげ)のほかに、もう1人いる。「画壇の仙人」とも呼ばれた熊谷守一(もりかず)(1880~1977年)だ。小出が43歳と早くに亡くなったのに対し、熊谷は信時の死まで親密な交流を続けた。

熊谷はいまの岐阜県中津川市で機械紡績業を営む家に生まれた。慶応義塾に通ったが、絵の道への思いが止められずに中退し、明治33年、東京美術学校に入学している。

信時は、7歳年上の熊谷と20歳のころから交流を始めている。東京音楽学校で信時と一緒だった音声学者の颯田琴次(さったことじ)らが、その仲をつないだようだ。

かつては画家への興味も持っていた信時と、音楽の素養がある熊谷は、それぞれの芸術感に通じるところがあったのかもしれない。信時は足しげく、熊谷のところに通った。また、裕福な家に生まれながら、芸術家気質で質素な生活を送る熊谷を支えた時期もあった。小出のときと同様、信時の面倒見の良さがここでもうかがえる。

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