小山評定の群像(88)

直江兼続 家康を挑発、痛快「直江状」

 権勢を誇る家康に対して言いたいことを言った。後世の人も痛快事と捉えた。原本は未発見だが、江戸時代に多くの写しが取られ、広まった。大田原市の旧家に上杉家重臣、千坂(ちさか)家伝来の写しが保存されてきた。原本に最も近い写しとされている。

 直江兼続(なおえ・かねつぐ)1560~1619年。父は樋口兼豊(かねとよ)。上杉家内紛・御館(おたて)の乱で上杉景勝に従い、以後側近として活躍する。婿養子となり直江家を継ぐ。

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