戦後70年〜東京裁判とGHQ(5完)

老兵・マッカーサーはなぜ「日本は自衛の戦争だった」と証言したのか…

 マッカーサーは52年の大統領選に共和党から出馬し、民主党候補として再選を狙うであろうトルーマンを完膚なきまでに叩き潰す腹づもりだったのだ。演説でも「私の朝鮮政策だけが勝利をもたらす。現政権の政策は長く終わりのない戦争を継続するだけだ」とトルーマンを批判した。

 米国内のマッカーサー人気は絶大だった。愛機「バターン号」がサンフランシスコに到着した際は50万人以上が出迎え、ワシントン、ニューヨーク、シカゴ、ミルウォーキーの各地で行われたパレードには総勢数百万人が集まった。逆に「英雄」を解任したトルーマンに世論は冷ややかで、マッカーサーの第二の人生は順風満帆に見えた。

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 米上院軍事・外交合同委員会はマッカーサーを聴聞会に召喚した。テーマは「極東の軍事情勢とマッカーサーの解任」。背景にはトルーマン政権に打撃を与えようという共和党の策謀があった。