戦後70年〜東京裁判とGHQ(5完)

老兵・マッカーサーはなぜ「日本は自衛の戦争だった」と証言したのか…

 毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい人生だった。マッカーサーの評価は日本でもなお定まらない。ただ、上院聴聞会での証言は軍人マッカーサーの偽らざる思いであり、一種の懺悔(ざんげ)だったのかもしれない。その遺体はバージニア州ノーフォークのマッカーサー記念館にジーンとともに葬られている。

(敬称略)

=おわり

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 この連載は石橋文登、花房壮、峯匡孝、加納宏幸、森本充、今仲信博、田中一世が担当しました。