戦後70年

神道の命運左右した「視察」 GHQに新嘗祭見せよ…占領政策から神社守った宮司の戦い

 当時、神道は「国家神道」として優遇され、宗教ではないとみなされていた。一方、日本の非軍事化・民主化を進めていたGHQ内では、天皇を頂点とした精神的な団結力が日本人を戦争に突き動かしたという考えから、日本人の精神的改革のため「神社を破壊すべきだ」という過激な意見もあった。教育・宗教を所管した民間情報教育局(CIE)は神道に対する日本人の考え方を知ろうと靖国神社(東京)を視察。さらにケン・ダイク局長は、CIE顧問を務めていた宗教学者、岸本英夫氏=同(42)=に「どこか民間の神社の祭りを見たい」と希望を出した。条件は「11月25日、場所は司令部からジープで1時間以内」だった。

神主苦悩「万が一あれば累は全神社に及ぶ」

 宮地課長を通じて白羽の矢が立ったのが、中氷川神社だった。現在の朝日達夫宮司(67)は「社格制度で県社として認められていたことや、宮地さんが神社を訪れていたことで選ばれたのではないか」と推察する。その宮地課長は「万一、悪い印象を与えれば全神社の浮沈にも関わる。そういう事情をくんで、どうか引き受けてほしい」と頼み込んだ。