海道東征を紡ぐ 信時潔物語

(4)高知、京都、再び大阪へ…本物にふれ、洋楽の道拓く

信時潔の父、吉岡弘毅が牧師を務めた京都の室町教会=京都市上京区
信時潔の父、吉岡弘毅が牧師を務めた京都の室町教会=京都市上京区

交声曲「海道東征」が11月28日、福岡市のアクロス福岡シンフォニーホールで公演されます。これに合わせ平成27年8~9月に産経新聞で連載した「海道東征を紡ぐ―信時潔物語」をアーカイブ配信します。あらためて創作の背景や作品の歴史的意義についてお伝えできればと思います。肩書などは当時のままです。チケット販売に関しては産経iD(https://id.sankei.jp/e/4924)をごらんください。

大阪から高知、京都、そして再び大阪へ-。

明治21年、中之島の大阪北教会に美しい会堂が開かれた年、信時(当時は吉岡)潔の父、吉岡弘毅は高知教会へと赴任した。弁の立つ理論派の吉岡は、大いに貢献したらしい。

5歳のとき、今度は京都の室町教会へ。27年、潔はここで京都市立滋野尋常小学校に入学し、3年あまりを過ごす。さらに父が大阪北教会に赴任するのに伴い30年、再び大阪へ戻り、市立中之島尋常小学校に転校した。

まさに今でいう転勤族だが、潔は「この教会に親しんだ幼時の生活が、いつしか私に洋楽への道を拓(ひら)いてくれたように思われます」と、述懐している(音楽随想集「バッハに非ず」から)。

というのも、当時は音楽会といえばたいていは教会の慈善パーティーで、和洋混合の曲目が演じられたという。「そういう会で少年の頃聴いた、アメリカ系の牧師オルチンさんのフォスターの曲などに感動させられ、ますます音楽が好きになりました」というから、潔少年の身近には本物の洋楽があったことは間違いない。もっとも、演目はといえば、宣教師の賛美歌独唱もあれば箏曲もあったようだが…。

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