海道東征を紡ぐ 信時潔物語

(3)異彩放つ西洋の風、偉大な音楽家育んだ大阪北教会

 重なる三角屋根のしゃれたデザインが目を引く、かつての日本キリスト教会大阪北教会。後に偉大な作曲家となる信時潔は明治20年、まさにこの教会が建設されているとき、初代牧師となった父・吉岡弘毅と母・とりの三男として生まれた。

 教会は、いまも大阪・中之島にあるが、場所は当時よりも東側に移動している。ビジネス街の中心地として発展した中之島の区画整理に伴い、教会を含む一帯が取り壊されたためだ。

 18年に創設された教会は最初、現在よりもずっと西側の、なにわ筋を越えた場所に位置していた。民家を借りて内部を改造し、仮会堂として建設。しかし、次第に手狭になり、本会堂の建設構想が浮上する。より現在の場所に近い、なにわ筋の東側に土地が見つかり、購入。建設に着手した。建設費などは、すべて熱心な信者などからの献金で賄われたという。

 潔の誕生した20年12月には、本会堂の内部が完成。その年のクリスマス礼拝は、新しい会堂で厳かに行われた。生まれたばかりの潔の目には、教会の姿はどう映っていたのだろうか。