舞の海の相撲俵論

もののあはれにふれて

 師匠だった出羽海親方には強くしてもらった恩がある。「北の富士には何を着させても似合うのよ」とおかみさんはよく着物をつくってくれた。本当は部屋を離れたくなかったが、千代の山を頼って上京した以上、付いていくしかなかった。

 やるせなさを稽古で打ち消し、横綱まで昇進した。現役を引退してからは弟子の育成に燃え、早朝から力士と一緒にランニングする日々。部屋の運営やしきたりは全て出羽海親方のまねをしていたという。

 親方になったばかりの頃だ。自分を育ててくれた出羽海部屋に対して募る思いを抑えきれず、頼んでOB会に参加させてもらった。飲み直すことになり、誘われるままに破門されて以来近づけなかった出羽海部屋の門をくぐった。

 用を足しに席を離れたとき。後ろから「何だ来てたのか。(昔のことは)もう終わったんだよ」と声をかけられた。振り向くと、嬉しそうな顔をして、かつての師匠が立っていた。「北の富士」と染めた浴衣を着て。こらえきれずトイレに駆け込み、声を押し殺してしばらく泣いた。

会員限定記事会員サービス詳細