「橋下政治」と向き合って 担当キャップ回顧

(1)「人たらし」恐るべき突破力、敵をつくり主張訴える〝橋下流〟 社会部次長・田井東一宏

大阪府庁に初登庁し、知事の椅子に初めて座る橋下徹・新知事(2008年2月6日)
大阪府庁に初登庁し、知事の椅子に初めて座る橋下徹・新知事(2008年2月6日)

 「後に『大阪維新』と呼ばれるような4年間にしたい。僕と一緒に、死ぬ覚悟で頑張ってほしい。死んでください」

 大阪府知事の就任日となる平成20年2月6日、刺激的な言葉を織り交ぜながら、幹部職員らを前に力強く宣言した橋下徹氏の姿が思いだされる。

 就任当初から2年弱、大阪府政担当キャップとしてその姿を追い続けた。

 今までの首長とは明らかに一線を画していた。敵をつくり論破していくなかで、自分の主義・主張を有権者らに伝え、体現していく「橋下流」と称された手法は当時から変わらない。

 「子供が笑う、大人も笑う大阪」を掲げ、「破産会社」と評した府の行財政改革を断行する姿がクローズアップされ続ける。だが、かつてないスピード感や舌鋒(ぜっぽう)の鋭さだけが持ち味ではない。

 統廃合に向けて次々と府の施設を視察。そこで子供たちが駆け寄って握手を求めようとした。

 「おっちゃん、いま仕事中やからあかんねん」。立ち止まりこぼれんばかりの笑顔を差し向ける。笑顔を返す子供たち。親たちも、この対応に思わず笑顔になっている。こんなシーンを何度も目にした。

 言葉は悪いが、この「人たらし」こそが橋下氏の真骨頂だと思う。就任1年目に行ったアンケートの支持率は8割を超えていた。

 「もうノーサイド!」。そんな橋下氏にとって初めての敗北となったのが、21年3月24日に府議会で否決された、当時は大阪市の第三セクターだった「大阪ワールドトレードセンタービルディング」(WTC、大阪市住之江区)への府庁舎移転構想だ。