平成20年6月、京大iPS細胞研究センター(現iPS細胞研究所)の知的財産管理室長に就任した高須直子は、研究者をつかまえては質問攻めにした。いち早く特許を出願しなければならない研究成果を把握するためだ。知財の重要性を説いて回る努力も続けた。
同研究所講師の沖田圭介(40)は「研究者のミーティングに毎回、顔を出していた」と当時の高須の様子を振り返る。研究者らは知財を意識することはあまりなかったが、研究途上でも特許を視野に入れるようになり、「スピード感が変わった」という。
すでに京大は知財をめぐる脅威に直面していた。米国での特許の取得をめぐり米ベンチャー企業と紛争になる寸前だったのだ。同社は、英国で京大より先にiPS細胞の作製について特許を押さえ、米国でも取得に乗り出していた。
「これは闘いになる」
そう確信した高須は入念に対策を立てた。現地の事情を熟知する相手に劣勢は否めなかったが、実験データを読み込んで関連法を確認するなどの作業を続けた。米国の特許事務所とのやりとりは時差の関係で深夜から早朝に及ぶことも珍しくなかった。
ところが、対決やむなしという局面で先方から「特許を無償譲渡したい」との申し出があった。京大が保有する特許を同社が自由に使うことが条件だった。
「勝てます。やらせてください」
高須は妥協しないよう山中に訴えた。しかし勝利できるとしても法廷闘争になった場合にかかる時間と労力、費用を考慮した山中は先方の打診を受け入れ、「これでノーサイド」と宣言した。