病と生きる

「もうステージに立てないかも…」 適切治療で克服 演歌歌手・原田悠里さん(60)

原田悠里さん
原田悠里さん

演歌歌手の原田悠里さんは、代表曲の一つ「津軽の花」が発売された平成11年、突発性難聴に見舞われた。キャリアが上り坂の大事な時に、「もうステージに立てないかも」との思いが頭をよぎった。適切な治療とストレスの克服で症状は治まった。だが、歌手にとって耳は命。15年たった今でも定期的なチェックは欠かさない。(兼松康)

デビュー18年目の11年2月に発売した「津軽の花」が好調で、売れ行きがさらに上向いてきた春先、歌っていると鈴の音が聞こえるようになってきました。「チリチリ」。雑音というよりもきれいな音。耳をふさいでも聞こえるので、「これはおかしい」とすぐに思いました。

耳のことでしたので最初は耳鼻科へ行ったのですが、医師に「ストレスですね」とあっさり言われました。夏から秋にかけて、すごくハードなスケジュールが組まれていたので、気がつかないうちにストレスを感じていたのでしょうね。事務所からは「今年は絶対に紅白に行くんだぞ」という期待を掛けてもらっていましたし…。

耳鼻科で精神安定剤を処方されたのですが、薬が合わず、目まいがするのですぐに服用をやめました。

■ □ ■

一方、耳鳴りはひどくなるばかり。音はどんどん大きくなり、自分の声すらよく聞こえなくなって、伴奏と合っているかどうかも分からない。音響機器をセッティングするPA(音響効果)のオペレーターさんに「どう?」と尋ねると、「大丈夫ですよ」と言ってはくれるんですが、不安が募りました。

6月の九州ツアーの前には「ステージに立てないかも」という思いが強くなっていました。何しろ1千人から2千人のお客さまの前では、モニターの音だけが頼り。その音が聞こえないほど、チリチリという音が大きくなっていたのです。

状態は深刻でした。起きていようが寝ていようがほぼ一日中、耳鳴りは続いていました。日頃から健康自慢だったので、「こんな私が病気になるなんて」というのが率直な思いでしたね。悪いことは続くもので、歯茎や目の下も腫れてきました。さらには喉にポリープも…。明らかに体のバランスが崩れていたと思います。

落ち込んでいたわけでもなく、楽観的でポジティブな人間でもストレスは感じる。張り切っていても、ストレスというものは体に出てくるものなんですね。

■ □ ■

腫れた歯茎の治療のために歯科に行ったことが幸いしました。「かみ合わせや歯並びも、聴力に影響しますよ」と医師から聞き、「かみ合わせから治していきましょう」ということになったんです。

偶然にも、この歯科医師は、かみ合わせの悪さが難聴や頭痛、肩こり、腰痛などの原因になることについて研究しておられ、聴力についても細かくチェックしてくれました。

歯茎の腫れのほか、歯周病を含め、徹底的に治しました。加えて、中音域や高い音、左右の耳の聞こえなどを詳細に調べて調整を続けました。それが奏功して、耳鳴りも治まっていきました。同時にこの頃、周囲からのプレッシャーも感じなくなっていたように思います。徐々に体調も上向いて、この年の年末には、念願の紅白出場を果たすことができました。

耳の状態がよくなってからも、この歯科でのチェックは続けています。「どこが聞こえづらいか」を確かめるためです。診療記録が残っているので、少しでも悪くなっていれば、その部分を改善するという作業の連続でした。それほど歌手にとっては耳が聞こえなくなるのは怖いものです。

自分は健康だという過信があったと思います。自分の「体の声」に耳を傾けるということも大事だと悟りました。今では体調に異変を感じたら、すぐに対処することを鉄則にしています。

原田悠里

はらだ・ゆり 昭和29年、熊本県生まれ。鹿児島大卒業後、神奈川県内の小学校の音楽教師を経て歌手の北島三郎に弟子入り。57年6月、「俺に咲いた花」でデビュー。60年の「木曽路の女」がロングヒット。最新曲は6月発売の「秘恋」。

会員限定記事会員サービス詳細