iRONNA発

わが国の平和と安全を真面目に考えられなくなった日本共産党 政治評論家・筆坂秀世

参議院本会議で代表質問をする日本共産党の野坂参三議長=昭和39年1月24日
参議院本会議で代表質問をする日本共産党の野坂参三議長=昭和39年1月24日

「上からの演繹」で多くの判断間違い

 どの政党でも自らを天まで持ち上げる傾向があるが、なかでも日本共産党という政党ほど、自己を持ち上げる政党はあるまい。最近でこそ、「前衛」という言葉や労働者階級の中での「最高の階級的組織」などという言い方はしなくなったが、革命の指導政党としてあらゆる組織や運動の一段上に立つ組織というのが、共産党という政党の最大の特質なのである。社会主義国の憲法に、表現はいろいろだが共産党が「指導政党」として明記されていることでも、そのことは明らかである。

 こういう絶対的権威を持つ政党は、知らず知らずに無謬主義(誤りを犯さない)に陥ることがある。だが実際には、どうか。文学者、評論家で東大教授でもあった竹山道雄著『昭和の精神史』(中公クラシックス)に次のような指摘がある。「まずある大前提となる原理をたてて、そこから下へ下へと具体的現象の説明に及ぶ行き方は、あやまりである。(中略)このような『上からの演繹(えんえき)』は、かならず間違った結論へと導く。事実につきあたるとそれを歪(ゆが)めてしまう。事実をこの図式に合致したものとして理解すべく、都合のいいもののみをとりあげて、都合のわるいものは棄てる」。まさしくこの通りである。

 例をあげればきりがないが、朝鮮戦争(1950年~1953年)も最初はアメリカ帝国主義が仕掛けた侵略戦争という評価であった。社会主義国は「平和・進歩勢力であり、侵略などしない。悪いことはしない」という原理を先に立てていたから、このような判断違いを犯す。社会主義国の核実験は「防衛的」などというのも同じ類である。このような事例は、枚挙にいとまがない。ソ連が崩壊した時、ソ連を「巨悪」と表現して崩壊を歓迎してみせたが、そのソ連を社会主義国として最も高く評価してきたのは、日本共産党であった。レーニンの時代は良かった、スターリンになって変質したというが、そのスターリン時代も、その後も、基本的にはソ連を社会主義国として評価してきた。これによってどれほど多くの若者を誤導してきたことか。このことへの反省は微塵もない。

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