共産・不破前議長会見詳報(2)

「安倍首相は正面から過去の戦争を評価している」

「戦後70年・語る・問う」のテーマで講演した不破哲三・前共産党委員長=24日、東京・内幸町の日本プレスセンター(古厩正樹撮影)
「戦後70年・語る・問う」のテーマで講演した不破哲三・前共産党委員長=24日、東京・内幸町の日本プレスセンター(古厩正樹撮影)

 「当時は予算委のトップバッターは2時間半から3時間が当たり前で、いろいろな質問をしたが、原子力潜水艦の日本寄港問題を取り上げた。60年代に始まったが、原潜が放射能汚染する危険があるので、日本政府は厳重な放射能調査をするということになっていた。おかしいということで、科学調査局に毎回原潜が出ると報告が出てくる。報告は、原潜が出している放射能を調べ、グラフにしている。それを全部取り寄せて調べると、意外なことに気がついた。72年8月入港のフォークビルという原潜が、8カ月前入港の別の原潜とカーブが同じだった。それをごまかすために政府に報告するときに縮尺を長くしたり短くして、一見分からないようにして出しているが、あわせると完全に一致している。不思議なことに10枚ずつある。要するに1回で10隻分の原潜に間に合わせるのが慣例になっている。旭化成みたいなものだ。データの偽造だ」

 「これを突きつけたら、弁明しない。田中首相は『私も若いときには理化学研究所に勤めていたので、科学のことは分かるんだ』といって。重大な問題として、『遺憾なきを期するよう万全の態勢をとりたい』ということをその場で示した。今まであった調査機関を閉鎖し、改めた。しかしいろんな環境調査をやっているところにしたので、相当な時間がかかる。その間、原潜の寄港をぴったりとやめた。後で米政府が公文書を公開したので調べたら、ちょうどこの時期に米側から日本に抗議の文書がうんと来るんですね。当時の国務長官はキッシンジャーだった。その名前で、『日米安保条約の事実上の廃棄に相当する』と。一刻も早く転換せよというものすごい厳命だ。それでも、ともかく新しい体制ができるまで183日間、原潜を入れないでがんばったというのは自民党政府としてはなかなかだったと今思っている。そういうことがあった」

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